描いてる途中でしょうが

描いたやつの写真と、描きながら、描いたあと、考えたこと

玄関前の猫

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猫は、猫用の缶詰とかを日常的に与えられているにも関わらず、一人で生計を確立しているような顔をしている。
ま、猫によっては、実際一人で生計を確立しているからこそ、そんな顔をしている猫もいるだろうけど、ここで言う猫は、そうじゃない方の猫のことを言っている。
今日は朝から晴天で、ポカポカしてて体調も機嫌も良いので、とりあえず午前中いっぱい昼寝するけど、何か?
みたいな顔をしている。
一般的には、例えばおれなんかは、飯とか酒とか奢られるともう常に屁っ放り腰になり、何を言われようが、へーまじっすか、すげえっすね、さすがっすね、なるほどです、なんつって一切逆らわないし、自分を押し通すようなことはしない。

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ところが猫は、媚びない。
それは恐らく自分に自信があるからだ。
猫缶は食らっている。なんのお返しもお礼もせずに、ただただ食らっている。だがしかし、それは、こっちが頼み込んで支給してもらってる訳ではなく、そっちの勝手だ。
そっちが猫缶を開けたくて、猫缶を食う猫の姿を見たくて、そっちの都合で猫缶を支給している。
ほれ、もう正午だ。猫缶を開けろ。にゃあにゃあ。
みたいな。


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波背景、女のひと

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絵の完成を目指すのではなく、ただ描いてる時間が気持ちよく、気持ちよいので続けていたら完成した。
みたいな絵で、それはなぜかと言えば、背景のせい。連続する単純な模様のせい。
紙面とペン先を、そこだけを凝視してグリグリ描き続けていて気がついた。

ひとは、単純な作業を長時間繰り返すと、もう繰り返すのは嫌だなあと思ってもその気持ちを抑えて続けていると、ストレスがたまる。
ところが、不思議なことに、それでもなお続けていると気持ちが上がってくる。
たぶん、ひとは、つまらない状態を継続すると、つまらないで頭がパンパンになり死ぬ。
基本的に死にたくないので、つまらなさで死にそうになると、脳内に特殊な物質を分泌する。
脳はその物質の作用で麻痺し、つまらなさを感知しなくなる。なんならむしろ気分がよくなる。
あー、おんなじことの繰り返しでつまらないなあ。
つまらな過ぎて死ぬかも。
あれ、頭がぼーっとしてきた。
痺れてきた。
おほほほー、気持ちいー。
みたいな。
というわけで、この絵の製作にはそういう効能がある。

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なのでこういう絵は、素面で集中して描いた方がよい。
その方がストレスがかかり、よりストレスがかかり辛い方がその先の脳の痺れが強くなる。
酒を飲んでしまった時は、壁に墨汁をぶちまけておでこで描くような、そんなのがいいんじゃないか。よくないか。


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上陸かも

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前のひとについて行く。なんか知らんけど、まわりの皆が行くのだから、行く。
ひとりぼっちは寂しいので、不安なので、不安が続くと不安で、不安すぎると不安すぎて死ぬので、死ぬのは嫌なので前のひとの背中を追う。

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ただ、もう初詣は行かなくてもいい。前のひとが行ってもついては行かない。ひとりぼっちは寂しいけど、ああ人が多いと逆に死ぬ。
行列は長い時間立ち尽くす。腰痛が悪化する。腰痛が悪化するとそれで脳内がいっぱいになり、腰以外の親兄弟のことや自分自身の将来のことを考えられなくなる。
なので、神様への希望届けや結果報告は家から、在宅で、遠隔からすることにすることにする。したい。
それ以外は、まわりに合わせる。前の背中について行く。
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煉瓦、窓

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留守だけど窓が開けっ放し。
三階か四階かもっと上なので、まあ泥棒に入られる心配はない。ないことはない、けどそんなにない。それよりもむしろ突然の雨が心配。
いや、それも大丈夫だ。留守といってもちょっと近所の用事で、すぐ戻るから。
そうか、晴れているので多分雨は降らない。雨の心配もない。何も心配いらいない。

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金魚、金魚金魚

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タイトルを「金魚、金魚金魚」とした。ちょっと、ちょっとちょっとのリズム、イントネーションを念頭に置いた。
双子との関係性は全く無く、金魚が三匹いるから金魚を三回言おうと思って、そう、一匹に対して一回ずつ金魚と言おうと思って、実際言ってみたら、思いのほか、ちょっと、ちょっとちょっとの言い方に合致した。
絵全体の写真は、実物よりもやや赤みがかっている。

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赤タマゴ泣く

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騒音の中、泣く。つたう涙。
赤タマゴに何が起こったか。
人の話を聞いているのか、赤タマゴ。
ゴゴゴゴゴゴゴ、、、つって、周りの音がうるさくて話なんか聞こえない。いんや。仮に周囲が静寂であっても赤タマゴの耳に俺の声は届かない。見開いた両の目。まっすぐに俺お見つめる。いんや。顔面こそ俺の方を向いてはいるが、俺は眼中にない。
そもそも、ゴゴゴゴゴゴゴ、、、は、及びその他の別の文字列は、周囲の音なのか。いんや。それらは赤タマゴの心中。抑えようもない感情を文字化した様。赤タマゴの内部で湧き上がる思い出と未来予想。
つか、赤タマゴって何スカ。

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カエル、俯瞰

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ぐっ、つってからびーんて伸ばす。で、また初めに戻り、っぐ、つって縮める、曲げる、力を溜める。
で、びーんて。それを繰り返すとすいーすいーて進行する。
死に物狂いで素早くそれを、いっちに、いっちに、いっちに、いっちに、と高速に繰り返せば繰り返すほど進行が高速するかというと物事はそう単純ではなく、まあ、それなりの速度にはなるがそれなりにしかならず、最高速度は早すぎず遅すぎず言ってみればどっちつかず、もっと言えば中途半端な程度のときになる。最高の速度となる。
まさに人生。蛙のフクラハギの反復運動に、緊張と緩和のバランスに、何気ない日常に、人の生き方の真髄を見た。
なんて言うと、それは言い過ぎで、そんなものは見ない。
ぐっとしてからびーんってした時に、より水の抵抗が少なく推進力も強まるので、その状態をある程度キープした方が前進のためには諸々都合が良い。
それを、そのキープをせずに、すぐさままた、ぐっつって足を折ると、せっかくの推進が水の抵抗にあい殺される。
だもんで、キープ、びーんのキープ、それが重要なわけで、人生とは無関係だ。
で、自分は何を言いたいのか。
人の生き方の真髄を見たのなら、何にそれを見たのか言う価値はあった。が、自分は真髄を見ていない。じゃあ、なんで何かを言いはじめたのか。言わなければよかった。
つって、書いた文を消せば良いかと言うとそれも少し違くて、それは少しさびしい。
言わなければよかったと思う反面、さびしさもあり、どちらかと言うとさびしい方が嫌なので、さびしいのは避けたいので、さびしいのを避ける。

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